柔道の名門!? 相原中学柔道部 “体罰”報道をめぐって
2009年に大分県で起きた、剣道部顧問による暴行致死事件――部員に蹴りを入れた教諭は、法廷での尋問で、その行為についてこう“証言”した。
「足の裏で押しました」
その噴飯物の“証言”に「それを世間では『蹴る』と言うのではないですか?」とさらに問われても、その剣道7段の顧問(体育科教諭)は「足の裏で押しました」をただ繰り返すだけだったという。
また、その現場を目撃していた部員らは、顧問が部員にビンタする様子をつぎのように表現している。
○ 「馬乗りになり、額の血が飛ぶぐらいに往復ビンタをし始めた」
○ 「ケガの出血が飛び散る勢いで」
○ 「首が飛ぶぐらい強く」
そのような激しい暴行にも関わらず、顧問教諭はあくまでも〈気つけ〉のためであったと弁解に終始した。
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およそ武道の指導者としては不適格な発言を思い出したのは、朝日新聞などによる、相原中学柔道部(神奈川県)をめぐる“体罰”報道での指導者の発言が、大分県のケースと酷似しているからである。
「気合を入れるため、顔を両手でパンパンとたたくことはあったが、暴力ではない」、「気合を入れるために背中やお尻をたたくことはあるが体罰はない」(2013年10月19日付朝日新聞)
「試合前や練習中に気合を入れる意味で背中や尻を軽くたたくことはあるが、決して体罰ではない」(2013年10月20日付読売新聞)
上記の件は、相模原市教委に相原中学柔道部の練習場になっている民間道場(相武館吉田道場:同中学から徒歩圏)での暴力を指摘する通報があり、部員へのアンケート(10月9日)で「暴力あり」の回答があったというものだ。
もう少し詳しくその間の経緯をたどると、今回の〈暴力〉告発は、8月に相模原市教委「学校教育課」に保護者からの通報があったのが発端である。その後、9月には「教職員課」にも別の男性による告発がされた。
さらに、その2つの告発のあいだ、9月18日に相原中学の柔道部員が保護者とともに全日本柔道連盟(全柔連)を訪れ、吉田道場での暴力や、部員らが寝泊りする寮内での指導者の不品行について相談をしている。
相原中学柔道部(部員数23名)に在籍する部員の保護者も含めて、複数の関係者に事情を聞くと、これまでのところ次のような事実がわかって来た。
(1) 柔道部の指導者は7名、そのうちの5名は部員に暴力をふるうことがあった。その中には、神奈川県警の現職の警察官も含まれている。
(2) ビンタ等をされるのは、部員が指導者の言う通りにできない時で、ビンタ等は日常的にあった(注:朝日や読売の取材に対して、道場の責任者が「背中やお尻」と、ことさらに叩く体の部位を限定して答えているのは興味深い)。
(3) 腕立て伏せ等がじゅうぶんに出来ないと、指導者から細い棒で叩かれた。
(4) 寮内の女子生徒の布団に、夜、男性指導者が入って来て、朝まで一緒にいることがあった。
(5) 女子中学生が、寮内で避妊具(コンドーム)を持っていた。
(6) 9月21日の道場内での保護者会では、上記(4)について館長から説明と謝罪があったが、当日、道場周辺でのマスコミ取材があったこともあり、それ以降、指導者同行の相原中学への“集団登下校”が始まった。
(7) 10月3日の相原中学・授業参観では、保護者ではない吉田道場の指導者らが校内を巡回し、柔道部員らへの“見守り”(監視?)をしていた。
相原中学柔道部の、今回の事例は“単発”の暴力事案ではない。問題は、大きく分けて次の4つに分類できるだろうか――。
ひとつは、複数の指導者らによる日常的な暴力行為と、それによって指導者らの感性が麻痺し、すでに理性的判断ができなくなっていることということだ。上の、新聞報道による柔道場責任者のコメント等は、皮肉にもそのことを如実に物語っている。
ふたつ目には、暴力とは別の、指導者らの不品行である。さきに、アテネ・北京オリンピックを二連覇した金メダリストによる〈準強姦〉事件が世間の批判を浴びたが、そういう事件の萌芽(ほうが)が、「女子中学生の布団に一緒に入る指導者」の図に見てとることができる。
3つ目には、指導者による暴力や不品行を子どもたちがどこにも訴え出られないことだ。特に、今回の件で悪質なのは、相原中学の松本雅之校長の対応である。相原中学では、3年前、松本校長が同中学に赴任した時に、柔道指導者による殴打事件があり、柔道部員は重傷を負ったが、松本校長は、その暴力事件を市教委に報告していない。今回も、道場での活動を松本校長は「学習塾と同じ扱い」、「道場での問題は道場の責任と考えている」(いずれも10月21日付読売新聞より)と答えている。しかも、9月以降に柔道指導者による暴力が問題になってから、松本校長は、本件に関係するある人物に“口止め”工作をしている。しかも、そのことで同中に電話しても朝早い時間帯にもかかわらず“会議中”で電話には出ず、連絡先を伝えても梨のつぶてである。中学校のトップが、この体たらく――このような状態で、いったい子どもたちは、どこに暴力を訴え出ることができるだろうか。
4つ目には、部活動を民間道場へ〈丸投げ〉することの是非である。折りしも、長野県では、睡眠不足や勉学への悪影響を考えて、「部活動での朝練を原則やめるべきとの方針案がまとまった」(10月22日付、朝日新聞デジタル)。住み込みや寮生活そのものが直ちに悪いと判断するのは早計だが、暴力が放置され、勉学が犠牲になるような部活動のあり方は、十分に検討されるべきだろう。
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今回の〈暴力〉告発については、まだ緒(しょ)についたばかりである。今後、全柔連等、関係機関の厳正な調査と報告が待たれるところである。その際、私たち自身が特に注意すべき点は次の3つだ。
(1) 暴力等の開始時期を明確にすること
大阪市立桜宮高校の場合もそうだが、指導者による暴力が問題になった時に、そのほとんどが、いちばん最近の事例のみが問題とされて、それで幕引きにされてしまう。それは、暴力に限らず、セクハラ問題でも同様だ。さきに、全柔連理事で東京都柔道連盟会長(いずれも当時)による、女性職員へのセクハラ行為(2011年12月)が露見した時も(2013年5月)、同理事は早々と理事職を辞任し、そのために、セクハラ行為の根の深さがあいまいにされてしまった。
とりわけ、今回の相原中学柔道部では、3年前の柔道部員への殴打事件に関わった指導者が、告発された〈指導者7名中の、暴力をふるう5名〉に入っていたかも明らかにされることが是非とも必要である。
(2) 告発そのものがあった時点で適切に公表すること
9月18日に、柔道部員とその保護者が全柔連を訪れてから1ケ月以上が経過している。その間、水面下では、全柔連や神奈川県柔道連盟では相当な動きがあったようだし、10月8日の全柔連理事会でも、相原中学の件は議題にあがったと聞く。しかし、結局は、大手各紙による報道が先になり、柔道界の自浄能力に「?」がつく結果になってしまった……、山下泰裕全柔連副会長が〈暴力根絶プロジェクト〉の先頭に立って啓発活動を始めているにもかかわらず…である。
このような事態を避けるためには、全柔連に限らず、「告発を受けた機関」(例、学校、教育委員会)は、告発があった時点で、その事実を公表すべきである。もちろん、告発者の匿名性や意向はじゅうぶんに配慮しなければいけないが、告発者のプライバシー保護と告発事実の公表とは、公表の仕方を工夫することで、両立は容易に可能だ。例えば、今回の全柔連への告発で言えば「神奈川県公立中学柔道部での指導者の暴力行為について告発がありました。この件について、さらなる情報を求めます」とHP等で告知し、その後、随時調査報告をつけ加えて行けばよいだけのことだ。
今回も、取材に対して「告発はあったが、いま事実関係を調査中だから」と全柔連関係者は口を濁した。「調査中だから」言えないことはもちろんあるが、「告発があり、全柔連としても、こういう手順でいつまでに調査を終え、その結果をウェブ上などで報告する」ということは、告発があった時点で公表することに何の不都合も無いし、そのことでさらに情報が集まりやすいという利点もある。
そもそも、今回の報道でも「アンケートで〈暴力あり〉との回答があった」という時点で、報道がされている。公正を期すために、各紙とも柔道指導者のコメントも載せて“両論併記”でバランスをとっているが、〈暴力あり〉の回答の事実が報道されるように、「全柔連に対して〈暴力あり〉との告発があった」という時点で、告発者と被告発側に配慮した発表は、十分に可能なはずだ。今後は、この(告発者に配慮した)公表時期のあり方についても検討の必要があるだろう。
(3) 子どもたちが声をあげやすくするために環境整備をすること
例えば、天理大学柔道部の暴力事件や全柔連理事によるセクハラ事件、そして今回の相原中学柔道部を舞台にした暴力事件――これらに共通するのは、被害者側の〈声のあげにくさ〉だ。
絶対的な上下関係、そして、一般の社会常識と隔絶した、きわめて閉鎖的な環境、そういったことから、被害者の多くは、多くが〈口をつぐむこと〉や〈泣き寝入り〉を余儀なくされる。特に、今回は、被害者が年端の行かない中学生や女子生徒である。取り沙汰された一連の問題が、単に“トカゲの尻尾切り”で終わることがないよう、徹底した暴力行為の解明とともに、複数の通報窓口の設置等、子どもたちが声をあげやすくなるような再発防止策が強く望まれる。
(了)
《関連サイト》
◎ 全柔連:暴力根絶プロジェクト