大分県:剣道部顧問による暴行致死事件(4)指導の「可視化」に向けて
2009年8月22日に起きた、剣道部顧問による暴行致死事件。剣道7段の指導者が部員に暴行を加え死に至らしめるという、教育現場ではあってはならない凄惨な事件がなぜ起きたのか――。9月7日に東京で行われた「第18回 剣太の会」では、2人の報告者から、本事件の原因ともなるいくつかの事情について貴重な指摘があった。
◇◆◇ 「暴力はなぜくり返されるのか?」内田准教授の報告 ◇◆◇
「熱中症暴行死事件―スポーツ事故を科学する―」と題して報告をおこなったのは内田良名古屋大学大学院准教授だ。内田准教授はまず、亡くなった工藤剣太さん(当時高2)の事例について「単なる熱中症というだけではなく、その背後に暴力的な指導があった」として、本事例に〈熱中症暴行死事件〉と名づけた経緯を説明した。
そして、その「熱中症」について、内田准教授は『熱中症を予防しよう』(日本スポーツ振興センター、2003年刊)を引き、そこに書かれている(1)環境条件に応じて運動する、(2)こまめに水分を補給する、(3)暑さに慣らす、(4)でくるだけ薄着にし、直射日光は帽子で避ける、(5)肥満など暑さに弱い人には特に注意する…の5点と、竹田高校剣道部での練習環境とを比較する。
〔1〕剣太さんの練習環境は気温や湿度の高くなる夏場であった(注:練習後の体育館の気温は36度あった)。
〔2〕水分摂取が無いままに練習が続けられていた。
〔3〕8月22日の事件当日前に、約1週間の「練習が無い期間」があったにもかかわらず、間があいたあとの運動に対する注意がなされていなかった。
〔4〕剣道は防具をつけているので、暑さへの一層の注意が必要であった。
〔5〕剣太さんは180センチ、80キロ。体格への配慮も必要であった。
上記5点から内田准教授は「どれをとっても指導としては配慮が足りなかった」として、特に指導者の「経験則」に頼った指導について警鐘を鳴らす。「科学の知識は、研究成果とともに日々アップデート(更新)されていくのに対して、経験則というのは、そのようなアップデートがありません。スポーツ指導は、スポーツ科学に基づいた指導であるべきです」
さらに内田准教授が資料に基づいて指摘したのは、教育現場での「暴力的指導に対する寛容さ」である。文部科学省が調査した「体罰に係る懲戒処分等の状況一覧(2007~2011)」によると、わいせつ行為、飲酒運転、公費の使い込み、(校外の)傷害・暴行等で、教師は懲戒免職になるのに、過去5年間(2007~2011)に「体罰」事案での懲戒免職は「ゼロ」だと内田准教授は明かす――「学校外での傷害・暴行は、〈懲戒免職〉事案になり、校内での同じような行為が懲戒免職にならないのはおかしなことです」
そして報告の終わりに、「暴力がなぜくり返されるのか?」という問いに対して、内田准教授は「私たちが、それを放置してきたからだ」と締めくくった(注1)。
(注1)『柔道事故』(河出書房新社)でも内田氏は次のように書いている。「事故に関する無関心な態度こそが、事故事例を闇に葬り去り、柔道を危険なものにし続けてきたのだ。(略)柔道を危険にするのも、安全にするのも、私たちの取り組み次第であるということを強調したい」(P13~14) 「事故はなぜ起きるのか――それは、私たちが事故を直視しようとしないからである。柔道が危険なのではない。私たちが柔道を安全なものにしようと、前向きに動いていかないからである」(P114)
◇◆◇ キーワードは〈善意〉と〈可視化〉 ◇◆◇
内田准教授に続いて登壇したのは、〈過労死〉(過労による死)と同じ発想で、「生徒指導をきっかけ、あるいは原因とした子どもの自殺」を〈指導死〉と名づけて各地で啓発活動を続けている大貫隆志氏である。
「指導という名の暴力―追いつめられる子どもたち―」と題して、大貫氏は教育現場に暴力が内在する背景として〈善意〉に着目する。
○社会は、次代を担う人材を育成して欲しいと“善意”で願い
○保護者は、子どもによい教育を施(ほどこ)して欲しいと“善意”で期待し
○教師は、子どもをよくしたいという“善意”で“指導”する
という具合だ――「誰も悪意で子どもに接している者は居ないはずなのに、その〈子どものため〉という目的によって、暴力が“教育愛”であるかのごとくに正当化されてしまうのです」(注2)
(注2)大貫氏は「よかれと思って…」という悪気の無い気持ちを「善意」という言葉で表現したが、法律用語で「善意」とは「ある事実を知らない(=無知)」という意味である。指導者の子どもたちのために何かをする「善意」が、“無知”に支えられているとしたら、それは何とも皮肉なことである。
さらに、大貫氏は教育現場での暴力を、身体的暴力の他に、子どもたちが規範(例 校則)を強制され、それへの違反を罰せられること〔規範的暴力〕や身なりに見られるような、一定の「~らしさ」が子どもたちに強制されること〔認識論的暴力〕、さらにはその価値がわからない子どもに「将来役に立つ」として、子どもたちにはまだその価値について判断できないことが強制されること〔関係論的暴力〕等を挙げ、これら4つの“暴力”の類型が「お互いがお互いを隠しあう」危険性があることを訴えた。
そして、そうした“暴力”の果ての〈指導死〉をどのように防ぐことができるのか――そのキーワードとして、大貫氏は「指導の可視化」を提唱する。
「世の中には、依然として“体罰”に一定の効果を認める意見も耳にします。また、いま述べた4つの“暴力”にある種の教育的効果があると錯覚している人も見受けられますが、それでも注意深く見守り続ければ“体罰”も減っていくはずです」
「大分県竹田高校剣道部での剣太さんの事例――これは拷問のような練習であり、“体罰”ではなく“暴行”です。そして、このような“暴行致死”事件の責任の一端は、問題教員を放置し続けた大分県教委にもあると言えます」
◇◆◇ 国家賠償法の壁をどう乗り越えるか ◇◆◇
東京での「剣太の会」会場で、剣太さんの弟、風音(かざと)さんがぽつりとつぶやいたひと言がある――「竹田高校剣道部での“指導”というのは、いま考えれば異常な世界だったが、当時は、それがふつうだと思っていた」
大貫氏の〈指導の可視化〉と合わせて、風音さんのつぶやきを考えるならば、私たちはまず、子どもたちに「異常なものを、きちんと異常に見える」ようにしてやらなければいけないのではないだろうか。
○ 叩くのは、指導の一環だ。
○ 叩く教師は、熱血教師だ。
○ 叩かれて誰もが強くなる
こういう心理的呪縛(マインドコントロール)から、子どもたちを解放してやることが、私たちの使命であるし、そのことで教師の“指導”も可視化されていくだろう。
◎ 叩く行為には、おもに「体罰」と「暴力」がある。
◎ 君たちに何らかの落ち度(責められるべき点)があって叩かれるのが、学校教育法11条で禁止されている「体罰」である。君たちに大した非は無いにもかかわらず、「何かが出来なかった」程度で、教師の腹いせや八つ当たりで叩かれる場合は、「暴力」であり、暴行罪(刑法208条)や傷害罪(同204条)に相当する――このように私たちは子どもに教えるべきだ。
そして、上記の区別は大切である。
例1 校医が、健康診断で女児の体にさわる
例2 校医が、校外でみだらな心で女児の体にさわる
例1の「女児の体にさわる」行為は、適法な職務行為だが、例2は犯罪である。同様に、校外か校内かの違いはあっても、
例3 校医が、校内でみだらな心で女児の体にさわる
のは、例2と同じく犯罪である。それと同様に…
例4 教員が、校内で、落ち度のある生徒に懲戒(例 口頭の注意)を与える
例5 教員が、校内で、落ち度のある生徒に懲戒(例 叩く)を与える
の2つを考えた場合、「叩く」行為が肉体的苦痛を伴った場合、例5の行為は【体罰】となる。
例6 教員が、校外で何の落ち度もない通行人を腹いせに殴る
例7 教員が、校内で何の落ち度もない高校生を腹いせに殴る
しかし、例7の行為は、「校内」でのできごとであったとしても、落ち度の無い相手を殴っているという点で、例5のケースとは本質的に異なる。本来は叩かれる理由の無い相手を殴っているという点で、そもそもこの行為は【懲戒】行為ではないし、当然のことながら【体罰】でもなく、これは一般社会で言うところの【暴力】である。
そして、その行為が、学校教育法11条で定められた【懲戒】行為や【体罰】ではないということは、例7の行為は(例2、例3と同じく)職務行為ではない。
――と言うことは、竹田高校剣道部で見られた顧問によるビンタ、蹴り等の行為は、国家賠償法で保護される行為ではなく、当然のことながら、暴力をふるった教師個人が、損害賠償の責めを負うということになる。
◇
現在、工藤剣太さんの両親が起こした裁判は、福岡高等裁判所で審理が続いている。第1審(2013年3月)では、両親の訴えをほぼ認めながら、国家賠償法を根拠に「暴力をふるった剣道部顧問やそれを傍観していた副顧問ら、個人の賠償責任は認めない」という誠に理不尽な判決となった。
このような理不尽は、工藤剣太さんのケースだけではない。これまでも、教師による「わいせつ行為」や「暴力行為」が、〈勤務時間内〉に、〈学校内〉で行なわれたという理由だけで、「教師個人は、その違法行為の責任を負わない」とする、一般人には理解しがたい判決が出されて来た。しかし、今後は〈学校内〉〈勤務時間内〉というだけで、教師の問題行動が免責されることの無いよう、私たち自身も、問題行動の異常さを“可視化”できるよう意識を変えていくことが必要だろう。
(了)
《 備 考 》
◎ 第19回 剣太の会 in 栃木
〔日時〕 2013年11月9日(土) 14:30~1700
〔場所〕 佐野市中央公民館3階ホール
〔講演〕 「学校教育における事故防止~学校経営の安全配慮責任~」
講師:実践女子短期大学 日野一男教授
〔会費〕 500円
その他、問い合わせは m-kodera@oct-net.ne.jp (小寺)まで。
◎ 剣道部顧問による暴行致死事件(福岡高裁にて審理中)
〔次回期日〕 2013年1月15日(水) 13時30分~ (第3回弁論)
◎ 学校事故・事件被害者全国弁護団 創立総会
学校で起こる事件・事故――それらに対して適切な解決が図られているとは言いがたい現状に対して、全国組織立ち上げのための集会が開かれる。
〔日時〕2013年11月17日(日)14時~17時45分
〔場所〕駿河台記念館 610号(東京・お茶の水)
〔報告〕「学校・事故事件の解決の道筋その法的対応と被害者の置かれた立場」(渡部吉泰弁護士、事件当事者の内海千春さん 他)
〔資料代〕500円
〔申込〕 FAX(03-3816-2063/東京アドヴォカシー法律事務所・杉浦ひとみ弁護士宛 集会参加人数と集会後の懇親会の出欠の別)またはメール( new@childrens-rights.sakura.ne.jp )にて。